よい広告とは、「透明な広告」である

マーケティング

広告効果が悪い広告は、「ストリートナンパ的」

ここ最近、広告の効果についてかんがえているんだけど、よくない広告は「ストリートナンパ的」だと考えている。
ストリートナンパは、例えば歌舞伎町とかで、あきらかにナンパ師という人が、道行く人の前に5mぐらい前から待機して、
女性に声をかけるちおう手法だ。

ストリートナンパ的な広告とは、

  • 顧客に広告主の意図が見える
  •  顧客に広告が広告だとわかってしまう

というのが問題である。

一方で、だれの話か忘れたけど、コンビニでナンパするのが実はよいらしくて、何回か偶然に目があった感じに設定してから、
話すと割と話ができるらしい。こういう、「偶然」という文脈設計が大事らしい。

透明な広告は、「コンビニナンパ的」

ここ最近、広告効果の高い広告とは何かを考えていて、やはりそれは「透明な広告」だと思う。上記でいうと、コンビニナンパ的な広告。

1995年生まれの僕は、大人になる前から多くの広告にさらされて生きてきた。Facebookしかり、Adwordsしかり。
そして、ミレニアム世代以降は、かなり広告耐性がついて、それが「意図された広告なのか」を五感レベルで感じ取れてしまうように
なっていると思う。

新入生のパンフレットを食べる

昨日エロデューサーのポインティと飲んで話していたことが印象的は話があった。

どうもエロデューザーのポインティは日本でもっともサークルが多い大学で、新入生獲得のために、
パンフレットを渡していたらしい。しかし、膨大なサークルがあるので、ほとんどの人がパンフレットをもらってくれないらしい。

そこで、新入生の前でその人がもらったパンフレットを食べて、自分のサークルのパンフレットだけ渡すことに成功したらしい。

これだけ見ると、マジキチな感じがするんだけど、要は「あ、これ広告だな!」ってフィルターが入った瞬間にユーザーは離脱する。
一方で、パンフレットを食べるヤバいやつはこの「広告フィルター」をうまく潜り抜けて、なんかやばい面白いやつだ!というマインドにいったん変わる。
そして「透明」な広告として新入生に意図した行動をとってもらうことができるわけである。

つまり、いまの時代、広告は透明でなければならず、さもないと広告は消費されないのだと思うのだ。

透明な広告の条件

最近インフルエンサーマーケティングが加速している気がするのだけれども、それはある種「透明感のある」広告媒体が成立するからなのだと思う。
同じ文脈でいうと、「コンテンツマーケティング」かな。エンドユーザーとのリレーションなしには、なかなか広告効果が届かないような時代になっているのだと思う。

この「広告フィルター」を通り抜ける方法は、いくつかあるんだけど、

  • 消費者に売る意図を感じさせない。※大前提
  • 広告が広告だと思わない文脈にする。文脈設計を大事にする。
  • ユーザーにとって価値のある(面白い、役に立つ)情報を発信する。
  • ユーザーをファンにする。左脳的にではなく、右脳的に動かす。
  • 広告主から消費者に発信するのではなく、消費者間での広告を行う(口コミ等)

ということが非常に大事だと思っている。ポインティの例でいえば、ユーザーにとって価値のある発信をした結果、広告として成立したわけだ。
似たような手法で、ライターのレジェンドのヨッピー氏もいらっしゃるが、彼の広告も非常に透明である。